大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 昭和55年(ワ)149号 判決

原告(反訴被告)

朝倉輝夫

原告(反訴被告)

河野悦明

原告(反訴被告)

朝倉照喜

原告(反訴被告)

河野忠見

原告(反訴被告)

工藤博己

右原告(反訴被告)ら訴訟代理人弁護士

岡村正淳

被告(反訴原告)

高司道典

被告(反訴原告)

尺間総本宮元宮霊峰尺間大社

右代表者代表役員

高司道典

右被告(反訴原告)ら訴訟代理人弁護士

仲武雄

河野善一郎

主文

原告(反訴被告)らの被告(反訴原告)高司道典に対する不法行為に基づく損害賠償請求及び原告(反訴被告)らの被告(反訴原告)尺間総本宮元宮霊峰尺間大社に対する不法行為に基づく神社名使用差止請求にかかる訴えを却下する。

原告(反訴被告)らのその余の請求及び被告(反訴原告)らの反訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて二分し、その一を原告(反訴被告)らの負担とし、その余を被告(反訴原告)らの負担とする。

事実

第一  本訴請求関係

一  申立

1  請求の趣旨

(一) 被告(反訴原告)高司道典は、原告(反訴被告)ら各自に対し各金一〇万円を支払え。

(二) 被告(反訴原告)尺間総本宮元宮霊峰尺間大社は、その名称に尺間大社なる表示を使用してはならない。

(三) 訴訟費用は被告(反訴原告)らの負担とする。

(四) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告(反訴被告)らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告(反訴被告)らの負担とする。

二  主張

1  請求原因

(一) 主位的請求

(1) 原告(反訴被告、以下「原告」という。)らは、訴外宗教法人尺間社(以下「尺間神社」という。)が所在する大分県南海部郡弥生町大字尺間九四五番地付近に長年にわたつて居住する者であるが、尺間神社は、単なる物的施設ではなく人的要素を含む「宗教団体」であるから、その人的構成面に着目する限り「社団」でありこの法的性格は宗教法人法による法人格の賦与によつて変更されないものと解されるところ、右社団の構成員は氏子、崇敬者であり、原告らは、次の点からして尺間神社の氏子であり構成員(社団員)である。

① 原告らの居住する大分県南海部郡弥生町大字尺間は、地域的にいつて尺間神社の地元地区である。

② 原告らを含む尺間区の住民は、尺間神社を尺間区の氏神と観念して特別な崇敬の念を抱いており、氏子としての自覚を有している。

③ 原告らを含む尺間区の住民が、尺間神社に奉納する風流踊は、三〇〇年以上の歴史を有する伝統行事であり、尺間区最大の行事である。

④ 尺間神社総代の選出は、かつて尺間区の一戸一人の選挙氏により選出され、被告(反訴原告)高司道典(以下「被告高司」という。)による一方的な規則改訂まで常に総代の過半数は尺間区から選出されてきた。

⑤ 尺間区の住民は、尺間神社の運営について、神職の給与を負担したり、社殿の鍵を保管するほか、社殿の改築、参道の開さく、階段の造営等についても、格別の労役の提供、共有地や個人有地の無償提供等に応じ、他地区と区別される特別の負担と責任に任じてきたのであり、そのため今日でも尺間神社から尺間区に「下り金」が交付されている。

(2) 被告高司は、昭和四〇年九月一二日開催された尺間神社の総代会において、尺間神社の宮司就任を委嘱され、これを承諾して、同年一〇月一一日宮司かつ代表役員に就任した。

(3)原告らは、社団である尺間神社の構成員としての地位において選任したところの右社団の機関としての総代を通じて、歴史的慣行的に成立したいわゆる慣行的規範に則つて尺間神社の宮司かつ代表役員を実質的に任命してきた者で、被告高司についても実質的に任命したのであるが、右任命関係の趣旨は、その宮司を通じて尺間神社の伝統慣習に則つた神社運営や行事が執行され、これによつて、全ての社団構成員がその宗教感情の満足ないし充足を得ようとしたことにあることは明らかで、このような人格的利益は、その事柄の性質上、社団自体というより、むしろ根本的には社団の構成員に直接帰属するものである。

そして、右のような関係からすると、原告らと尺間神社の宮司であり代表役員である被告高司との間にも、右人格的利益を宮司を通じて享受することに関しては、委任ないし準委任関係が成立しており、同被告は原告らに対し、尺間社規則三四条(法令、規則及び神社本庁の庁規に従い、更にこれらに違反しない限り、宗教上の特性を尊重し、神社の慣習及び伝統を十分考慮して、神社の業務及び事務の適切な運営をはかり、その保護管理する財産については、いやしくもこれを他の目的に使用してはならない。)、宗教法人法一八条五項(代表役員及び責任役員は、常に法令、規則及び当該宗教法人を包括する宗教団体が当該宗教法人と協議して定めた規程がある場合にはその規程に従い、更にこれらの法令、規則又は規程に違反しない限り、宗教上の規約、規律、慣習及び伝統を十分考慮して、当該宗教法人の業務及び事業の適切な運営をはかり、その保護管理する財産については、いやしくもこれを他の目的に使用し、又は濫用しないようにしなければならない。)に基づき、尺間神社の伝統及び地元住民の意向を尊重して神社の運営にあたる責務を負つている。

(4) 被告高司は、前記責務を負つているにもかかわらず、宗教法人である被告(反訴原告)尺間総本宮元宮霊峰尺間大社(以下「被告尺間大社」という。)の代表役員として、もと「実行教尺間根本教会」という名称を昭和五二年八月三一日に現在の名称である「尺間総本宮元宮霊峰尺間大社」(以下「本件名称」という。)に変更し、かつ、そのころ神社建物を造築し、被告尺間大社が総本宮で元宮であり尺間神社より高い権威と由来を有すると宣伝し、また、地元尺間区の住民が愛宕神社及び尺間神社に対する奉納として、数百年にわたつて続けてきた風流杖踊を、愛宕神社のみに対する奉納に過ぎないと断じて、原告ら尺間区の住民の怒りをかい、大分県指定文化財となつている伝統行事を中断させる結果を招き、さらに、責任役員を抱きこんで地元住民の圧倒的多数の意向に反して尺間社規則を改訂し、総代の定数を五名から一一名に増員し、そのうち六名を地元地区外から選任することとして、総代、責任役員、宮司の選任に関する地元地区民の最終決定権を剥奪してしまい、その結果、事実上尺間神社の運営に関する独裁権限を確立し、原告らの尺間神社に対する崇敬心を踏みにじつて前記委任等関係の趣旨に反しているのであるから、原告らに対し債務不履行責任を負うべきである。

(5) 原告らは、被告高司の前項記載の債務不履行行為により、尺間神社に対する崇敬の感情を著しく傷つけられ、これを慰謝するには、原告ら各自に対し金一〇万円の損害賠償することが相当である。

(6) 本件名称は、被告尺間大社の宮司かつ代表役員である被告高司が事実上決定し使用しているので、被告尺間大社の名において本件名称が使用されていることを理由として、本件名称使用の差止を回避させることは著しく相当性を欠く。両被告は実質的一体性があるのであるから、本件名称使用に関する限り、被告尺間大社は被告高司から独立した法人としての法人格を否認され、被告高司と同一視されるべきである。

そして、被告高司が前記(1)ないし(4)記載のとおり、尺間神社の宮司かつ代表役員として被告尺間大社の本件名称使用に関し、原告らに対し債務不履行責任を負うのであるから、被告尺間大社も右責任を負い、本件名称を使用してはならない義務がある。

よつて、原告らは、被告高司に対し、債務不履行による損害賠償として、各自に金一〇万円の支払いを求め、被告尺間大社に対し、本件名称使用の差止めを求める。

(二) 予備的請求

(1) 前記(一)(1)(2)の各事実記載のとおりであるから、これを引用する。

(2) 被告高司は、尺間神社の代表役員として、尺間神社の慣習、伝統及び原告らを含む地元住民の意向を尊重して尺間神社の運営を行うべき責務が存するのに、原告らの尺間神社に対する崇敬感情を害することを知りながら又は容易に知り得べきでありながら、同被告が宮司及び代表役員をしている被告尺間大社の名称を昭和五二年八月三一日本件名称に変更し、そのころ被告尺間大社の神社建物を造築して、同被告が総本宮で元宮であると宣伝し、その結果、被告高司は、原告らの尺間神社に対する崇敬心を踏みにじつているのであるから、被告高司の右行為は原告らに対する不法行為となる。

(3) 原告らは、被告高司の前項記載の不法行為により、尺間神社に対する崇敬の感情を著しく傷つけられ、これを慰謝するには、原告ら各自に対し金一〇万円の損害賠償することが相当である。

(4) 被告尺間大社は、被告高司と共同して、前項のとおり、昭和五二年八月三一日その名称を本件名称に変更し、そのころ被告尺間大社の神社建物を造築して、同被告が総本宮で元宮であると宣伝して、原告らの尺間神社に対する崇敬感情を傷つける行為を行つてきたのであるから、不法行為責任を負うべきであり、原告らは被告尺間大社に対し本件名称の使用の差止めを請求し得る

よつて、原告らは、被告高司に対し、不法行為に基づく損害賠償として、各自に金一〇万円の支払いを求め、被告尺間大社に対し、本件名称使用の差止めを求める。

2  請求原因に対する答弁

(一) 請求原因(一)(1)の事実中、原告らが尺間神社の氏子であることは否認し、その余の事実は争う。

なお、尺間神社にはもともと地域、血縁等によつて固定した氏子制度は存しない。

(二) 同(一)(2)の事実は認める。

(三) 同(一)(3)の事実中、原告ら主張の法律及び規則が存することは認め、その余は争う。

なお、原告ら主張の法律及び規則が規定する事項は神社の世俗的な事項に関するものであつて、純粋に宗教的な事項は法的争訟の対象外である。

また、尺間神社は宗教法人であり、崇敬者は総代を選出し、総代会が責任役員等の機関を選出し、その責任役員会が神社の世俗的な面での運営にあたつているのであり、代表役員である被告高司が尺間神社との間に委任又は準委任の関係にあるとしても、単なる崇敬者に過ぎない原告らとの間に委任等の法律関係が生じる余地はない。

(四) 請求原因(一)(4)の事実中、被告尺間大社の名称を本件名称に変更し宣伝していることは認め、その余の事実は否認する。

なお、仮に原告らが尺間神社の代表役員の義務違背を問い得るとしても、原告らが、被告高司の原告ら主張の行為が尺間神社の教義、由緒に違背するものかどうかという宗教上の事務に関する行為の当否を問うもので、次に被告らが反論するとおり、その当否の判断は、尺間神社の宗教上の教義、由緒について、原告らの見解と被告高司の見解とのいずれが正しいか、被告民間大社の宗教上の教義、由緒がそれに反するかどうか等宗教上の事項に触れざるを得ず、その判断が義務違背の有無、損害賠償請求権の存否を左右する前提問題となつているから、裁判所の審判の対象外である。

すなわち、被告尺間大社が名称を変更したのは、被告高司が、尺間神社の開祖者が同被告の先祖である盛雲法印であり、被告尺間大社の後背地一帯が尺間信仰発祥の地で、被告尺間大社が元宮であるという信仰を信奉しているからであり、また、「総本宮」というのも大分県内に存する被告大社の末社との関係で称しているものであつて、被告大社の本件名称は、被告高司の宗教的信仰の表白ないし告白として行われている宗教上の行為で、尺間信仰の宣伝、布教を目的とした宗教活動であり、裁判所の審判の対象となり得ないものであつて、法的な義務違反の問題は生じない。

また、風流杖踊りは、縁起、奉納形式、費用負担いずれの面からみても地元氏神である愛宕神社の大祭の奉納芸能と位置付けるのが宗教上正当であり(儀式行事の宗教上の解釈は、神社の宗教性に関わる事項として宮司の専権に属し世俗人としての崇敬者の介入は許されない。)、大分県文化財指定の理由もそこにあるのであるが、それ故に民間神社との関係を一切否定する趣旨ではなく、愛宕神社は尺間神社の参拝所(前宮)の性格を有するから、愛宕神社に奉納することはひいては尺間神社に奉納することになるが、原告らは、被告高司が風流杖踊りを尺間神社に関係ない奉納であるといつていると曲解し、主催者である原告らが自ら中断したものである。

さらに、尺間社規則の変更については、責任役員会の決定、神社本庁の承認、所轄庁である大分県知事の認証を経て適法になされたものであつて、原告らの主張は感情論に過ぎない。

(五) 請求原因(一)(5)の事実は否認する。

(六) 同(一)(6)の事実は争う。

(七) 同(二)(1)の事実に対する認否は前記請求原因(一)及び(二)の認否のとおりであるから引用する。

(八) 同(二)(2)の事実は争う。

なお、被告高司の不法行為は前記債務不履行と表裏一体の関係にあり、同被告の行為の違法性を論ずる規範は宗教上の教義、伝統に関するものであつて、法的な違法を論ずる余地はない。

(九) 請求原因(二)(3)の事実は否認する。

(一〇) 同(二)(4)の事実は争う。

第二  反訴請求関係

一  申立

1  請求の趣旨

(一) 原告らは、各自、被告高司に対して、別紙記載の謝罪広告を大分合同新聞朝刊社会面に掲載せよ。

(二) 原告らは、各自、被告尺間大社に対し、金一〇〇万円を支払い、かつ別紙記載の謝罪広告を大分合同新聞朝刊社会面に掲載せよ。

(三) 反訴費用は原告らの負担とする。

(四) 右(二)の前段につき仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 反訴費用は被告らの負担とする。

二  主張

1  請求原因

(一) 原告らは、被告高司の本件名称使用に加担するなどの本訴の請求原因記載のような行為が違法ないし不当であるとして、同被告に対し慰謝料の支払いを、被告尺間大社の本件名称使用が違法ないし不当であるとして、同被告に対し本件名称の使用差止を求める本件本訴を提起した。

(二) 被告らが、被告尺間大社の名称を昭和五二年八月三一日「宗教法人尺間総本山霊峰尺間本教」なる名称から本件名称に改称したのは、被告らが、被告尺間大社の所在地である畑の里一帯が尺間信仰発祥の地であると信じ、その宗教的信仰の表白ないし告白としてであり、尺間信仰の宣伝布教を目的とした宗教活動にほかならず、法で禁じられていない限り全くの自由であつて、憲法二〇条二項に照らして何人もその表現的宗教活動を制約しえないものであり、また、風流杖踊りについても、主催者である原告らが被告高司の言を曲解して自ら中断しているものであつて、なんら被告高司に責任はなく、さらに、尺間神社の規則変更によつて総代の定数を増員したことについても、適法な手続を経て行つたもので違法な点はなく、原告らの主張は感情論に過ぎないものであり、したがつて、本件本訴は、法律上及び事実上の根拠が全くない違法、不当な訴訟である。

原告らは、本件本訴を提起するに際し、法律及び事実を調査すれば、原告ら主張の請求原因事実が理由がなく、法的根拠のないものであることを容易に知り得たにもかかわらず、あえて本件本訴を提起し、そのうえ、本件本訴提起後、被告らが反論しているにもかかわらず訴訟を追行してきたのであり、その結果後記するとおり、本件本訴提起が大々的に新聞等のマスコミによつて報道され、その記事の中であたかも被告らが不法行為を働いたかの如くえがかれ、それによつて被告らの宗教上の名誉ないし威信は傷つけられ、かつ、本件本訴のための応訴を強いられたのであるから、原告らは本件本訴提起及び訴訟追行に関し不法行為責任を負うべきである。

(三) 損害

被告高司は、尺間神社及び被告尺間大社の宮司という神職の地位にあり、尺間大神の信奉、教宣において宗教上の名誉ないし威信を享受しているものであり、また、被告尺間大社は、尺間大神を祭る宗教活動を行うことを目的とした宗教法人で被告高司同様に宗教上の名誉ないし威信を享受している者である。

しかるに、本件本訴提起によつて、被告らは、原告らに不法行為者といわれ、また本件本訴提起が大分合同新聞等に大々的に報道され、その記事のなかで「尺間さまの本家争いついに裁判ざた」「氏子が宮司を相手取り慰謝料と名称変更求める」と大見出しで書かれ、本文の記事と総合すれば、被告らがいかにも不当に氏子らの宗教感情を侵害したかの如くの印象を与えるとともに、被告尺間大社の本件名称が尺間神社に似せた不当な僣称であるかのごとき印象を与えたのであり、これにより被告らの名誉ないし威信は著しく傷つけられたうえ、被告らは原告らの理由のない本件訴えに応訴を強いられ多大な出費を余儀なくされた。

(四) 損害の回復

被告らの名誉ないし威信は、原告らの本件本訴提起及びこれを報道した新聞等の記事により侵害されたのであつて、特に、被告尺間大社は数万人にのぼる信徒を有する独立の宗教法人であり、被告高司はその宮司であることからして、その名誉ないし威信を回復するためには、別紙記載の謝罪広告を大分合同新聞朝刊社会面に掲載することを要する。

被告尺間大社は、原告らの右不法行為により、著しく名誉ないし威信を傷つけられ、これを慰謝するには五〇〇万円の賠償が必要であり、また、本件本訴の応訴のために被告ら代理人二名に訴訟追行を委任し、着手金合計一五〇万円を支払つたほか、勝訴の場合の報酬も約束しているのであり、これら弁護士費用は本件の事案の内容、要した期間に照らして合計五〇〇万円が右不法行為との間に相当因果関係がある。

よつて、右不法行為に基づき、被告高司は原告らに対し右謝罪広告を、被告尺間大社は原告らに対し右謝罪広告及び損害賠償として一〇〇〇万円の支払いをそれぞれ求める。

2  請求原因に対する答弁

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二)同(二)の事実は争う。

なお、原告らの行為は、被告らの本件名称使用行為がその内容(被告高司の直系の祖先が開祖者であり、被告尺間大社がその総本宮であるとすること)、使用態様(国道一〇号線に大きな看板等で大々的に表示され、南海新報により「尺間神社が二つ出現した怪?」と報道されている事態)からいつても、著しく原告らの尺間神社に対する崇敬の念を傷つけるもので、そのため従前とおりの伝統的な姿への回帰を求める切実な原告らの思いが動機となつて、被告らの本件名称使用に対する社会的に相当な批判を、事実に即して裁判手続で問いかけているものであり、その動機目的、手段において正当なもので不法行為に該当しない。

(三) 請求原因(三)の事実は否認する。

なお、宗教上の行為の当否については、自由な相互批判が巾広く認められるべきで、そもそも被告らの本件名称使用の問題は南海新報の連載等によつて本件本訴提起前から公然たるものとなつていて、本件名称使用の問題があらためて新聞で報道されたことにより被告らに損害が生じたと主張することは失当であり、言論による自由な批判活動に対する乱暴な抑圧であるというべきである。

(四) 請求原因(四)の事実は争う。

3  抗弁

仮に、原告らの本訴提起が若干なりとも被告らの名誉を毀損する要素があるとしても、原告らの本訴提起は、尺間神社の伝統、沿革等に関する独善的な被告らの見解及びこれを前提とする本件名称使用に対する批判を内容とするもので、名称使用等が現に多くの氏子崇敬者に多大の不信を与えている状況の下では、明らかに「公共の利害に関する事実」に該当し、また、原告らの本訴提起の目的は、事実と道理に立脚した神社運営を求めることにあり、もつぱら公益を図る目的に出たものであり、さらに、原告らが本件訴訟において主張した具体的事実は全て証拠上立証されたか、少なくともその事実を真実と信ずるにつき相当の理由があつたものであるから、名誉毀損の責任を負うことはない。

4  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本訴請求

1  主位的請求

原告らは、尺間神社という宗教法人がその人的構成の側面では社団であり、原告らを含む尺間区の住民は右社団の構成員(氏子)であるとし、被告高司は実質的に右構成員としての原告らにより宮司に任命されたものであるとして、尺間神社の構成員である原告らが、宮司である被告高司を通じて本来享受すべき人格的利益に関しては、それが構成員自身に直接帰属するものであるから、尺間神社の宮司であり代表役員である被告高司と構成員である原告らとの間に委任ないし準委任の法律関係があると主張し、それを前提として、被告高司に対し、その債務不履行責任を追及するとともに、被告尺間大社に対し、本件名称使用の差止を求めている。

そこで、原告らと尺間神社の宮司かつ代表役員である被告高司との法律関係について、検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

尺間神社は、軻遇突智神、武甕槌神、経津主神の三柱を祭り、大分県南海部郡弥生町大字尺間九四五番地(尺間山山頂標高六四一メートル)に社殿を有し、多くの信者を有する宗教団体で、宗教法人神社本庁に包括される宗教法人である。

尺間神社の法人としての機関は、代表役員(責任役員を兼ねる。)、責任役員及び総代であるが、代表役員には宮司が充てられ、代表役員以外の責任役員は総代会が氏子、崇敬者の中から選考し代表役員が委嘱し、総代は代表役員を含む責任役員で構成する役員会がその選任方法を定めて選任する旨尺間社規則(乙第一七号証)に規定している。

原告らは、尺間神社の社殿の存する大字尺間区内又はその近隣に居住し、尺間神社を崇敬する者であつて、尺間神社の社殿の改築、階段の造営等に労力や経済的負担をしてきたものである。

ところで、尺間神社の総代は、かつては原告らを含む大字尺間に居住する者から過半数以上選任され、その総代が宮司を推薦し包括宗教団体である神社本庁の統理がこれを尊重して任命してきたため、尺間神社の運営に原告らを含む大字尺間区内及びその近隣に居住する信者(以下「尺間区民」という。)の意向が強く反映されてきた。

被告高司は、昭和四〇年九月一二日、総代五名中三名が大字尺間に居住する総代で構成されている総代会において、尺間神社の宮司に推薦され、包括宗教団体である神社本庁の統理から宮司に任命され(当事者間に争いがない。)、その後、被告尺間大社の宮司にも就任し、昭和五〇年三月五日には同被告の代表役員にも就任した。

被告尺間大社は、釈魔大神、迦具突智神、武甕槌神、経津主神及び釈魔信仰の開祖霊神を祭り、大分県南海部郡弥生町大字大坂本一〇八三番地に拝殿、神殿を有する宗教法人であり、当初は実行教尺間根本教会という名称であつたが、昭和四八年七月一三日霊峰尺間本教に、昭和五一年八月三日尺間総本山霊峰尺間本教に、昭和五二年八月三一日本件名称にそれぞれ変更した。

以上のとおり認められ、これに反する証拠はない。

(二)  右事実を前提として判断する。

一般に、宮司が代表役員に充てられるため宮司と代表役員を同一人が兼ねることになる場合でも、代表役員が、宗教法人の機関として宗教法人を代表し礼拝施設その他の財産の維持運営並びに宗教法人の業務ないし事業運営に関する事務を行う権限を有するものであるのに対し、宮司は、儀式の執行、教義の宣布、信者の教化育成等の宗教的活動における主宰者という、それ自体としては純然たる宗教上の地位であつて、両者は明確に区別されるべきものである。また、氏子、崇敬者は、宮司の行う宗教的活動の客体となる反面神社護持の主体となるもので、宗教団体の構成員であつて宗教上の地位であるが、同時に、宗教団体が法人格を取得することによつて、宗教法人の構成員となり法律上の地位という性質も与えられることになる。

ところで、宗教法人である尺間神社は宗教団体が法人格を取得したものであるから、それが宮司、氏子、崇敬者らにより構成される団体という人的要素を包含することは、当然のことであり、前示のように原告らは尺間神社の崇敬者であるから、原告らが宗教法人の構成員であることは、原告らが主張するとおりであり、また前示団体としての実態に照らせば、尺間神社が社団としての性質を有していて社団の法理の適用を受けることも、原告らが主張するとおりである。

しかしながら、そのことを前提に宮司であり代表役員である被告高司と社団構成員である原告らとの間に委任、準委任の法律関係が存在するという原告らの主張は、その趣旨が必ずしも明確とはいえないが、つまるところ、独自の見解であるというべきである。

すなわち、それが、宗教法人の代表役員としての被告高司とその構成員としての原告らとの関係をいう趣旨であるとすれば、法人たる社団においては、機関と社団との間に委任、準委任の法律関係が存することはいうまでもないけれども、機関と構成員との間に直接そのような法律関係が存することを窺わせるような法令上、社団の法理上の根拠はおよそ見出しがたく、本件において、それが存在すると考えなければならないような特段の事情も認められない。

あるいは、それが、宗教上の地位である宮司としての被告高司と右構成員としての原告らとの関係をいう趣旨であるとしても、これにそう法令上の根拠がないのはもちろん、本件において原告らが主張するところの、宮司を通じての宗教感情の充足等という人格的利益を原告らに直接帰属させるべき関係というようなものは、本来、宗教主宰者と在俗信者との間の純然たる宗教的活動上の事柄にほかならないというべきであるから、社団の法理を擬する余地もなく、(ちなみに、およそ、団体の機関的地位にある者の団体目的活動による利益の帰属の実質関係が、ただちに右の者と利益帰属主体の直接的な法律関係創設の要因となるものというようなこともできない。)これを委任、準委任等の法律関係を措定する根拠となすことはできない。

もつとも、尺間神社の宮司は、総代がその候補者を推薦し、包括宗教団体である神社本庁の統理がこれを尊重して任命してきており、原告らを含む尺間区民がかつて総代の過半数を選任してきたから、宮司の選任に実質的に尺間区民の意向が反映されてきたことは、前認定のとおりであるが、それは、すでに慣行的規範化されていたにしても、つまりは宗教主宰者選任手続の埓内の問題に過ぎないものであつて、(たとえ社団の法理などに照らしてみても)いまだこれをもつて尺間区民と宮司との間における法律関係の設定、整序の必要性を理由付けるに足る事情として積極的に評価することまではできず、原告らと被告高司との間の委任、準委任関係の成立を認める根拠とはなし得ない。

(三)  以上説示したとおり、原告らと尺間神社の宮司であり代表役員である被告高司との間に委任ないし準委任の法律関係を認めることはできない。

したがつて、原告らの被告高司に対する債務不履行責任を追求する損害賠償請求は、その余を判断するまでもなく失当であり、また、被告尺間大社に対する本件名称使用の差止請求は、被告高司の右債務不履行責任を前提としたものであるから、右債務不履行責任が失当である以上右請求も理由がない。

2  予備的請求

原告らは、被告高司及び被告尺間大社が共同して被告尺間大社の名称を本件名称に変更して宣伝していることなどが、原告らの尺間神社に対する崇敬心を踏みにじるもので不法行為に該当すると主張するので、この点について検討する。

ところで、裁判所が審判することのできる対象は、裁判所法三条に規定する「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、かつ、それが法令の適用によつて終局的に解決することができるものに限られる。

そこで、本件についてみるに、原告らは、被告らの本件名称使用の行為などという侵害行為によつて、精神的苦痛を受けたとして、被告高司に対し慰謝料の支払いを求め、被告尺間大社に対し侵害行為である本件名称使用の差止めを求めているのであるから、具体的な権利義務に関する紛争というべきである。

次に、本件が法令の適用によつて解決し得る問題であるか否かについてみるに、被告らの本件名称使用などが、原告らの尺間神社に対する崇敬心を侵害するものであるか否かの判断をするには、本件名称に対する宗教上の評価、被告尺間大社及び尺間神社の教義、由来に対する判断が不可欠であるところ、それは事柄の性質上法令を適用して解決することのできない問題であり、本件名称使用などという侵害行為の違法性判断が窮極的に右判断に左右されるものであるから、本件不法行為に基づく損害賠償請求及び本件名称使用の差止請求にかかる訴えは、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて、裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらないものというべきである。

したがつて、本件不法行為に基づく損害賠償請求及び本件名称使用の差止請求にかかる訴えは、裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらない不適法な訴えである。

3  以上のとおり、原告らの本訴請求中、主位的請求は理由がなく、予備的請求にかかる訴えは不適法であることになる。

二反訴請求

1  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

2  被告らは、原告らがなんら法律上及び事実上の根拠のない本件本訴を提起し、訴訟追行してきたことにより、それが新聞等のマスコミによつて報道され、その記事の中であたかも被告らが不法行為を働いたかの如くえがかれ、被告らの名誉ないし威信が害されたとして、被告高司は謝罪広告を、被告尺間大社は謝罪広告及び損害賠償をそれぞれ求め、また、被告尺間大社は本件本訴が不当提訴であり、これに応訴するにつき弁護士費用等の損害を受けたとして、損害賠償を求めている。

そこで、原告らの本件本訴の提起及び訴訟追行が不法行為にあたるか否かにつき検討する。

〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

尺間区民は、尺間神社を古くから崇敬し、自らをその氏子であると信じてきた者であり、昭和二三、四年ころ尺間神社の社殿を新築した際、尺間神社が奉賛会をつくり寄付を集めたときにも、その会長には大字尺間の自治会長が就任し、尺間区民が寄付に応じたり、奉仕作業にも従事したりして協力してきており、また、昭和三八年ころから翌年にかけて石段を改修した際にも、奉賛会会長に大字尺間の自治会長が就任し、尺間区民が寄付に応じたり、共有地を無償で提供して協力してきたのであり、さらに、昭和四六年ころ国道一〇号線から尺間神社の社殿にいたる林道(林道尺間線)を造つたが、尺間区民は、これは事実上、尺間神社の参道として造るものであると理解し、尺間神社への崇敬の念から土地を無償で提供して協力しているのである。

大字尺間区の住民は風流踊りを、大字大阪本の住民は杖踊りを、毎年八月二四日の祭りの日に尺間神社に奉納するつもりで昔から行つてきたが、尺間区民にとつて、この伝統芸能は尺間神社に対する崇敬心から行うものと理解し、その費用も弥生町からの補助金と右各大字の自治体予算から醵出しているのである。

被告高司は、昭和三五年から尺間神社に仕える聖職者であるが、昭和四〇年九月に宮司に就任して様々な文献等を研究するうちに、自己の先祖が尺間信仰の開祖者であり、被告尺間大社の社殿の存するところが尺間信仰発祥の地であるとの従前から言い伝えられてきた尺間信仰の由来とは異なる宗教的見解を持ち、被告尺間大社の宮司として昭和五一年八月三一日被告尺間大社の名称を本件名称に変更し、国道一〇号線沿いの弥生町大字大阪本に本件名称を記載した看板を立て、尺間神社の発祥の地は被告尺間大社の社殿の存するところであるとして被告尺間大社への参拝を促す宣伝をテレビ、新聞等を通じて行い、また、伝統芸能の風流杖踊りが尺間神社の前宮である愛宕神社に対して八月二四日の同神社の夏祭に奉納されるものとの尺間区民の理解とは異なる宗教的見解から、昭和四七年ころ風流踊り及び杖踊りが愛宕神社に対して奉納するに過ぎないと解されるような表現の発言を行い、主催者である住民の怒りをかい右伝統芸能を中断してしまう結果を招き、さらに、尺間神社には氏子はなく、同神社の信者として、尺間区民と他の地域の者とに差はないとの尺間区民の意識とは異なる宗教的見解から、総代会に諮ることなく尺間神社の規則を改正し、従前は総代五名のうち大字尺間の住民(字藤木を含む)から四名を選出し、責任役員にその内の一名がなつていたのを、総代の数を一一名に増加し、その内の六名を津久見、佐伯、大分、野津、臼杵、南郡といつた他の地域から尺間神社が選任することにし、責任役員も三名から七名に増加して、尺間区民から選出した者は一名のままにし、その意向が反映し難いようにした。

尺間区民は、被告尺間大社が尺間神社とは無関係な被告高司の私的な布教所と理解していたため、被告尺間大社が本件名称を使用し、尺間神社信仰を布教する神社として、あたかも尺間神社よりも格付けにおいて上級の神社のごとく宣伝することが尺間神社を冒するものと考え、また、尺間神社の氏子として、その祭りに風流杖踊りを奉納するものと考えていたため、被告高司が愛宕神社に奉納するものに過ぎないと解される発言をしたことが、右住民の尺間神社に対する崇敬心を傷つけるものと解し、さらに、自らは尺間神社の地元住民で、他の地域の信者とは異なり、尺間神社が自分達の氏神と考えていたため、被告高司が規則を改正して責任役員や総代の人数を増やし、地元住民から選出される総代や責任役員の数を相対的に減じたことが、氏子である地元住民を無視し、被告高司の意向のままに神社運営を行おうとする企てと解したのである。

そのため尺間区民は、このような被告高司の行為を、尺間神社を私物化し、尺間神社の権威を冒する行為で、許し難い暴挙であるとし、その結果、尺間自治会長訴外狩生一美が昭和五〇年五月一〇日区長及び伍長に対して、被告高司の神社運営を非難し、尺間神社を正常に戻すための協議を行うから、各部落からその代表を選出して欲しい旨の文書(甲第二一号証)を作成して配布し、また、尺間神社の総代及び大字尺間の住民代表が昭和五二年八月五日宗教法人神社本庁統理に対し、尺間神社の宮司の職から被告高司を解任して欲しい旨の「異議申立て」と題する書面(甲第二三号証)を提出し、さらに、原告朝倉輝夫、同朝倉照喜、同河野忠見、同工藤博己外一名が昭和五三年一二月一四日宗教法人神社本庁統理に対し、尺間神社の宮司から被告高司を退任させるように求める上申書(甲第三号証)を提出するに至つた。

その後、大字尺間に居住する住民を中心にして、昭和五四年一月一〇日「尺間神社を護る会」が発足し、被告高司の神社運営を非難し、正常な運営に戻すために活動しており、これに大字尺間の住民の大多数が賛同しているのである。

以上のとおりである。

(一)  右事実を前提にして、本件本訴の提起及び訴訟追行が、被告らの名誉及び威信を害する不法行為にあたるか否かにつき判断する。

ところで、現行の民事訴訟は弁論主義、当事者主義を採用し、訴訟手続において当事者が忌憚なく主張を尽くしてこそその目的を達し得る制度となつているから、民事訴訟における主張行為は、一般の言論活動以上に強く保護されるべきもので、特に民事訴訟が私人間の紛争解決の場で、利害関係や個人的感情が鋭く対立し、しばしばその主張が漸次に拡大する実情をも併せ考えれば、法廷における主張が客観的には他人の名誉を棄損している場合といえども、通常、訴訟当事者の適切な弁論活動が当該訴訟における裁判所の訴訟指揮により担保されることにも鑑み、それが民事訴訟における弁論活動としてなされている限り、かなり広い範囲で正当な弁論活動として違法性を阻却されると解される。

しかし、強く保護を受ける弁論活動といえども自ずから制約があることはいうまでもなく、当初から相手方当事者の名誉を害する意図で、ことさら虚偽の事実や当該事件と何ら関連のない事実を主張する場合や、あるいはそのような意図がなくとも、主張の表現内容、方法、主張の態様等が著しく適切さを欠く非常識なもので、相手方の名誉を著しく害する場合等その内在的制約を超え、社会的に許容される範囲を逸脱したことが明らかな弁論活動は、もはや違法性を阻却されず、不法行為責任を免れないと解される。

そこで、右の点から本件本訴の提起及びその訴訟追行をみるに、原告らが本件本訴を提起した動機、目的は、原告らが尺間神社及び尺間大社に対する宗教的見解ないし評価に基づき、尺間神社の宮司であり、かつ、代表役員である被告高司に対し、尺間区民の意向に沿つて従来の慣習等に従つた尺間神社の運営を行うように求めること及び同被告が宮司であり、かつ、代表役員をしている被告尺間大社に対し、本件名称を使用するなどして被告高司の布教所以上の存在を誇示し参拝者を集めることを中止させることにあり、被告らの名誉ないし威信を害することを意図したものとは認めることはできない。

また、前記認定のとおり、被告高司が尺間神社の宮司であり、かつ、代表役員であつて、古くから言い伝えられてきた尺間神社の教義、由来とは異なる宗教的見解をもち、原告らを含む尺間区民の意向に反して独断的な神社運営を行つたり、被告尺間大社の名称を本件名称に変更したりしてきたこと、被告尺間大社が被告高司を宮司及び代表役員とする宗教法人であること、被告尺間大社が本件名称に変更し、テレビ及び新聞等で宣伝していること、これらの被告らの行為によつて、原告らを含む大字尺間及びその近隣に居住する尺間神社の信者が崇敬心を傷つけられていることはとうてい否定できるものでなく、これらのことを原告らが本件本訴において主張し、債務不履行又は不法行為ととらえて本件本訴請求をしているのであるから、原告らが本訴において行つた弁論活動が、ことさらに虚偽の事実やなんら関連のない事実を主張したり、又は、その表現内容、方法、主張態様において著しく適切さを欠いたり、非常識であつたりして、被告らの名誉ないし威信を害するものといえないことは明らかである。

なお、被告らは、原告らの本件本訴の提起及びその訴訟追行が広く新聞等に報道され、その記事の中で被告らが不法行為者とえがかれ、名誉ないし威信を害された旨主張するが、憲法上、公開の法廷で行われることを要求されている民事訴訟において、その訴訟の場で行われたことが報道されたからといつて、原告らの弁論活動自体が不法行為とならない以上、報道機関の責任を云為するのであれば格別、原告らの不法行為責任が生じる余地はないのである。

そうすれば、原告らの本訴提起及びその訴訟追行においての原告らの主張に、被告らの名誉ないし威信を害する面があつたとしても、前記説示のとおり、当事者の主張が強く保護される弁論活動としてなされたもので、その保護の範囲を逸脱した違法なものとまでは認めることができないから、不法行為は成立しないものというべきである。

(二)  原告らの本件本訴提起及びその訴訟追行が、被告尺間大社に応訴費用等の損害を与えた不当提訴及び不当訴訟追行で、不法行為を成立せしめるものか否かにつき判断する。

ところで、民事訴訟は一定の権利ないし法律関係の存否に関して紛争が生じたときにこれを解決する手段として設けられた公の制度であつて、その建前からすれば訴えを提起した者が結果的に敗訴となつたとしてもそのことから直ちに訴えの提起行為自体が違法性を帯びて不法行為となるというものではないことは明らかであり、かかる場合提訴者が自己の権利のないことを知りながら相手方に損害を与えるため、又はその紛争解決以外の目的のために敢て訴え提起の手段に出たこと、あるいは自己の権利のないことを容易に知り得べき事情にあるのに、軽率、不十分な調査のままあえて訴え提起に及んだことなどが立証されて、初めて当該訴訟提起につき故意又は過失があるとして、敗訴者に不法行為責任が認められると解される。

そこで、本件本訴の提起及びその訴訟追行についてみるに、前記説示のとおり、原告らの本件本訴提起の動機、目的は、原告らが被告尺間大社を被告高司の個人的な布教所と解していたため、被告尺間大社に対し、本件名称を使用して被告高司の布教所以上の存在を誇示し参拝者を集めることが尺間神社への冒になると判断し、本件名称使用を中止させることにあつたのであり、本件紛争がまさに本件名称使用の差止請求の存否にあつたのであるから、本件紛争を解決する以外の目的をもつて提起された訴えでないことは明らかである。

また、前記説示のとおり、原告らが本件本訴において主張している事実はそのとおりであるのであるから、原告らの事実調査が不十分であつたとはいえず、むしろ、本件本訴において、原告らの訴えが一部不適法とされ却下されたり、理由がないとして棄却されたのは、その法律論の視点からであり、特に本件本訴においては、社団の法理が宗教法人に適用になるか、宗教上の地位と社団の機関との法的性格付け、宗教の自由ないし宗教団体の自治、自律権との関係でいかなる範囲まで裁判権が及ぶかというようなすこぶる困難な法律問題が存したのであつて、法律専門家であつても、原告ら主張の事実を前提にして直ちに結論を下し難い問題であつて、被告らがこれに反論していたにしても、これを法律専門家でない原告らが自己に権利がないと容易に判断し得るとは考え難いのである。

さらに、原告らが弁護士である原告ら代理人に委任して訴えを提起し、訴訟追行してきたということも、原告らの故意、過失を考えるに当たつて決して無視できないことであり、このことは、弁護士が、委任された事件について、委任者の一方的な言分や意図にとらわれずに、独自の専門的な法律知識や経験をもとに訴え提起の当否、見込み等を判断して、訴訟の追行に当たることから明らかであり、弁護士に委任して訴えを提起した場合、特段の事情がない限り、訴訟物たる権利または法律関係の存否に関する依頼者本人の故意、過失は、一応否定的に推定すべきであると解せられ、本件本訴の提起については、右特段の事情を認め得る証拠はなく、かえつて、法律専門家でなければ判断し難い法律問題を含んでいるのであるから、なおさら原告らの故意、過失を認めることはできない。

そうであれば、原告らが権利のないことを知りながら又は容易に知り得べき事情があるにもかかわらず十分な調査を尽くさず、軽率に本件本訴を提起し、被告尺間大社に損害を与えたとは認め得ないのである。

したがつて、本件本訴提起及びその訴訟追行につき、原告らに故意、過失があつたことは認め得ない以上、被告尺間大社に対する不法行為は、成立しないというべきである。

3  以上説示したとおり、被告らの反訴請求は理由がなく、棄却を免れない。

三よつて、原告らの本件訴え中、不法行為に基づく被告高司に対する損害賠償請求及び被告尺間大社に対する本件名称使用の差止請求にかかる訴えは不適法であるから却下し、原告らのその余の本訴請求及び被告らの反訴請求は理由がないからいずれもこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官江口寛志 裁判官岡部信也 裁判官西田育代司)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例